御統いつきについて

スピリチュアルでは救われなかった私が、魔術と日本古来の叡智を探究する理由

管理人・御統いつき(みすまるいつき)です。

「どうしてヒーラーなのに、ヒーラーとして活動していないの?」

以前、そんな疑問を持たれたことがあります。

私は学生時代からスピリチュアルを学び、ヒーリングもできます。

それなのに、私は「ヒーラー」ではなく、魔術を実践する「術師」となり、現在は「オカルト研究家」として、古今東西の目に見えない世界の叡智を研究しています。

なぜ、私はこの道を歩むことになったのか。

その始まりは、2017年。

私自身が、人生のどん底に落ちたことでした。

すべての始まりは、2017年の「どん底」だった

2017年。

私は、人生の先がまったく見えなくなっていました。

夢を叶えるどころか、仕事やお金のことで悩み、どうすればこの状況から抜け出せるのか分からない。

毎日を生きるだけで精一杯。

「このままでは嫌だ」

「どうにかして現実を変えたい」

そう思いながら、スピリチュアルの力も借り、自分にできることを続けていました。

けれど――

一向に、私が望む現実にはなりませんでした。

願っても。

努力しても。

学んでも。

なかなか状況は変わらない。

私は、次第に絶望していきました。

「綺麗事」では、現実は変わらない

問題解決の糸口を探すため、私はあるヒーラーのセッションを受けました。

そこで私が求めていたのは、

「どうすれば、この現実を変えられるのか」

という答えでした。

ところが、私の思いを十分にくみ取ってもらえないまま、精神論を聞かされることになりました。

きっと、相手には説教するつもりなんてなかったのだと思います。

それでも、当時の私は深く傷つきました。

そして、心の中に残ったのは、ひとつの疑問でした。

「結局、スピリチュアルは綺麗事で終わってしまうのではないか?」

苦しい現実を前にして、

「手放しましょう」

「考え方を変えましょう」

「すべては意味があります」

そんな言葉だけでは、どうしても納得できなかった。

私は、

「願いを叶えたい」と思うこと自体を否定したくなかったのです。

むしろ、

「人間が持つ願いを、もっと真剣に扱う方法はないのだろうか?」

そう考えるようになりました。

その疑問が、私を魔術の世界へ向かわせることになります。

そして私は、「魔術」に出会った

以前から魔術やオカルトには興味がありました。

そんな中、とあるオカルトショップを運営する魔女のブログに出会いました。

そこで知った魔術の世界は、私がそれまで知っていたスピリチュアルとは大きく違っていました。

そこには、

歴史があり。

理論があり。

象徴があり。

哲学があり。

そして、先人たちが積み重ねてきた膨大な知識がありました。

「なぜ、この方法なのか?」

「なぜ、この象徴を使うのか?」

「この考え方は、どこから生まれたのか?」

ただ「信じる」のではなく、背景を知り、仕組みを考え、実践する。

その世界に、私は強く惹かれました。

大学院で研究に携わり、修士号を取得した私にとって、感覚だけではなく「理論」を重視する魔術の世界は、とても性に合っていたのです。

そして私は、魔術を学び始めました。

実際に魔術を使ってみた

学ぶだけではなく、実際にできる魔術やおまじないを試していきました。

そして、自分自身を使って実験していきました。

もちろん、何をしてもすぐに願いが叶ったわけではありません。

「これをやったから、これが起きた」

と単純に説明できるものでもありません。

それでも、どん底から1年、2年と時間が経つにつれて、少しずつ現実が変化していきました。

収入が以前より上がった。

欲しかったものを買えるようになった。

困ったときに助けてくれる人が現れた。

人とのご縁にも恵まれるようになった。

そして何より、

私自身の考え方や人生観が変わっていきました。

「現実を変えたい」と必死になっていた私が、

「自分はどう生きたいのか」を考えるようになったのです。

魔術が教えてくれたこと

魔術には、Wiccan Rede(ウィッカン・リード)として知られる有名な原則があります。

「誰も害さない限り、汝の望むことをせよ。」

私は、この考え方に強く惹かれました。

誰かを傷つける願いでなければ、

「こんなことを望んではいけない」

と、自分の願いを最初から否定する必要はない。

幸せになりたい。

豊かになりたい。

愛されたい。

夢を叶えたい。

自分らしく生きたい。

そんな願いを持つこと自体は、悪いことではない。

魔術は私に、

「自分の人生を、自分の意志で選んでいい」

という感覚を教えてくれました。

そして私は、いつしか魔術を実践する「術師」になっていました。

「怪しいもの」だと思っていた世界を、研究してみる

もちろん、魔術には、

「怪しい」

「非科学的」

「迷信」

というイメージがあります。

それも無理のないことだと思います。

ただ、私が魔術を学んで感じたのは、

魔術は、思っていた以上に「現実」を大切にする世界だ

ということでした。

願うだけで何もしないのではなく、自分の意志を持ち、現実の中で行動する。

精神世界だけに逃げるのではなく、現実世界とのバランスを取る。

魔女や魔術師は、むしろ非常に現実的な考え方をする人たちです。

私にとって魔術とは、

先人たちが残した「自分の意志を形にするための技術」であり、世界を理解するための知恵の体系

でした。

だからこそ、私は魔術を「信じる」だけではなく、研究するようになったのです。

2020年、「AMALTHEIA」を立ち上げる

魔術の研究と実践を続けていく中で、2020年。

私はオカルトメディア「AMALTHEIA」を立ち上げました。

現在の「LUNAFLARE」です。

特定の師匠に弟子入りしているわけではありません。

心から尊敬している方はいますが、魔術・魔女術については基本的に独学です。

本を読み。

調べ。

考え。

実践し。

また調べる。

そうやって、自分自身の答えを探してきました。

けれど、ここでまたひとつの壁にぶつかります。

魔術をどれだけ研究しても、

「私が本当に望んでいる現実には、まだ届かない」

と感じるようになったのです。

魔術の限界を感じた私が、「日本」へ戻ってきた

魔術研究への意欲が少しずつ薄れていた頃、思いがけない転機が訪れました。

2022年1月。

普段はワインを好んで飲む私が、突然、日本酒を飲みたくなったのです。

調べてみると、日本酒は古くから神様へのお供え物として用いられてきました。

そこから私は、

日本酒。

祝詞。

神道。

祭祀。

日本古来の信仰。

と調べていきました。

そしてたどり着いたのが、平安時代から幕末まで宮中祭祀を司ってきた白川伯王家に伝わる「白川神道(伯家神道)」でした。

さらに『和の成功法則』『ギャラクシーコード』などを読み、日本古来の思想について調べていくうちに、私はある感覚を持つようになります。

「もしかすると、日本人には日本人に合った叡智があるのではないか?」

西洋から入ってきた思想だけを追いかけるのではなく、

自分たちの祖先が何を考え、

何を大切にし、

どのように世界を見ていたのか。

そこに、私が探していた答えの一部があるのではないか。

そう思うようになりました。

そして私の研究対象は、少しずつ魔術から日本古来の神道へと移っていきました。

そして私は、「魂」というテーマにたどり着いた

2025年の夏。

私はS氏と出会いました。

そこで、

「この世は運が全て」

という考え方に触れ、大きな衝撃を受けました。

そして「運」とは何なのか。

なぜ、人によって人生の流れが違うのか。

人間の内面や魂の状態と、人生にはどんな関係があるのか。

そんな問いを深く考えるようになりました。

2025年12月からは、本格的にS氏のもとで日本古来の「魂の磨き方」―人生の土台を整えるための考え方を学び、実践しています。

そこで私は、これまで見ないようにしていた自分自身の本音と向き合うことになりました。

そして少しずつ、

「自分は本当は何を望んでいるのか」

「何のために生きているのか」

「自分にとって本当に大切なものは何なのか」

が見えてきました。

その結果、今の私は、

これまでの人生で最も「満たされている」と感じられる現実

を生きています。

「術師」から「オカルト研究家」へ

こうして振り返ってみると、私の人生はずっと、

「本当の答えを探す旅」

だったのだと思います。

最初はスピリチュアルでした。

そこから魔術へ。

魔術から神道へ。

そして、魂や日本古来の叡智へ。

ひとつの答えにたどり着くたびに、

「もっと奥に何かあるのではないか?」

と、また次の問いが生まれてきました。

だから私は、ひとつの思想だけを絶対視するつもりはありません。

西洋にも東洋にも、それぞれ素晴らしい叡智があります。

魔術にも。

神道にも。

古代文明にも。

現代の心理学や科学にも。

それぞれの視点から世界を見つめることで、初めて見えてくるものがある。

だから現在の私は、

日本古来の叡智を軸に、古今東西のオカルトや神秘思想を研究し、それらの共通点や違いを探究すること

を目指しています。

それに伴い、私自身の立ち位置も「術師」から「オカルト研究家」へ。

そしてメディアの名前も、

「AMALTHEIA」から「LUNAFLARE」に、変わりました。

「LUNAFLARE」という名前に込めたもの

「LUNAFLARE」

「LUNA」は月、「FLARE」は太陽の光や炎。

月と太陽。

陰と陽。

夜と昼。

一見すると正反対のものですが、私はその両方を大切にしたいと思っています。

光だけを見て、闇を否定するのではなく。

闇だけに沈んで、光を忘れるのでもなく。

陰も陽も受け入れた、その先にある調和。

それは、日本人が古くから大切にしてきた「和」の感覚にもつながっているのではないかと思います。

私は、日本人が本来持っているものを、もう一度思い出してほしい。

自分たちの祖先が何を大切にしてきたのか。

どんな世界観を持っていたのか。

そして、自分自身の中には何があるのか。

暗く感じる時代の中でも、一人ひとりが自分の中にある小さな光を見つけることができたなら。

その光は、いつか誰かの光にもなるかもしれません。

LUNAFLAREには、そんな願いを込めています。

「本当の自分」を探しているあなたへ

私は、誰かに「これが正解です」と答えを渡したいわけではありません。

なぜなら、私自身がずっと答えを探してきたからです。

スピリチュアルで迷ったこともありました。

魔術に希望を見出したこともありました。

魔術の限界を感じたこともありました。

日本古来の叡智に惹かれたこともありました。

そして今も、まだ探究の途中です。

だからこそ、この場所では、

「信じてください」ではなく、「一緒に考えてみませんか?」と伝えたい。

魔術とは何なのか。

オカルトとは何なのか。

神道とは何なのか。

魂とは何なのか。

人間は、なぜ願うのか。

そして――

「私は、本当はどう生きたいのか?」

その答えを探す旅に、終わりはないのかもしれません。

でも、問い続けることには意味があると思っています。

もしあなたも、

「もっと本質的なことを知りたい」

「世の中で語られていることを、そのまま信じるのではなく自分で確かめたい」

「自分自身の本当の望みを知りたい」

そんな気持ちを持っているのなら。

きっと、私たちはどこか似たところがあるのだと思います。

ここ「LUNAFLARE」では、

日本古来の叡智を軸に、

魔術・オカルト・神秘思想・古代文明など、

古今東西に残された「目に見えない世界の知恵」を探究していきます。

私自身の研究や実践、そこで得た気づきも、できる限り言葉にして残していきます。

すべてを信じる必要はありません。

疑ってもいい。

違うと思ってもいい。

自分で調べてもいい。

その中から、

あなた自身にとっての「本質」を見つけてもらえたら。

それが、私が「LUNAFLARE」を続ける理由です。

夜の中で月を見つけるように。

暗闇の中で、小さな光を見つけるように。

LUNAFLAREが、あなた自身の本来の姿と光を思い出すための場所になれば幸いです。

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