
こんにちは。御統いつきです。
突然ですが、
魔術に必要なものって、何だと思いますか?
呪文でしょうか?
特別な道具でしょうか?
それとも、
特別な才能でしょうか?
西洋魔術には、
惑星の力を象徴として用いる「惑星護符」というものがあります。
その代表的なものが、
魔術書『ソロモンの大いなる鍵』に記された七惑星の護符です。
太陽、月、水星、金星、火星、木星、土星。
※太陽と月は、天文学的には惑星ではありませんが、
魔術・占星術では惑星として扱っています。
それぞれの惑星には固有の象徴や意味があり、
目的に合わせて護符を選び、
決められた日時や手順で儀式を行います。
一見すると、
「なんだか難しそう」
と思いますよね。
でも、
惑星護符について調べ、実践していくうちに、
私はあることに気づきました。
それは、
魔術に必要なのは、道具だけではない。
むしろ、
「何を感じ、何を思い描くのか」という
心の働きが、とても大切なのではないか
ということです。
惑星護符は「ただの紙」ではない・・・でも、紙だけでもある
惑星護符には、
さまざまな決まり事があります。
自分の目的に合った護符を選ぶ。
護符の意味を理解する。
決められた色や形式で描く。
指定された曜日や時間に儀式を行う。
そして、
自分の願いが実現した状態を、
できるだけ具体的に思い描く。
こうした手順を見ていると、
「ずいぶん細かいな」
と思うかもしれません。
実際、魔術の伝統では、
こうした細かな決まり事が重要視されてきました。
ただ、ここで面白いのが、
護符を持っているだけでは、儀式にならない
という考え方です。
どれだけ美しい護符を持っていても、
「これは何のためのものなんだろう?」
と意味も分からず眺めているだけでは、
その護符が持つ象徴性を十分に活かせません。
つまり、
道具だけではなく、
それを扱う人の意識が必要になる。
ここが、惑星護符の面白いところです。
惑星を「神様」として見る
では、なぜ惑星なのでしょう?
古い時代の人々にとって、夜空に浮かぶ星々は、
人間の力では動かせない巨大な存在でした。
遠くにあるのに、確かにそこにある。
季節や時間の感覚とも結びついている。
そして、その不思議な存在には、
神話の物語が重ねられてきました。
たとえば、
太陽にはアポロン。
月にはアルテミス。
水星にはヘルメス。
金星にはアフロディーテ。
火星にはアレス。
木星にはゼウス。
土星にはクロノス。
というように。
惑星は単なる「空に浮かぶ星」ではなく、
人間が長い時間をかけて意味を与えてきた存在
でもあるのです。
だから惑星護符の儀式では、
単純に「木星という天体」を思い浮かべるだけではなく、
「木星とは、自分にとってどんな存在なのか」
「木星神には、どんな性質があるのか」
そんなことまで想像していきます。
魔術で大切なのは、「ありありと思い描く」こと
ここで、
惑星護符の大切なポイントが出てきます。
それは、「イメージ」です。
たとえば木星を扱うなら、
宇宙空間に巨大な木星が浮かんでいる。
その惑星の象徴するものを感じる。
そこに神話の神の姿を重ねる。
その存在に願いを伝える。
そして、
願いが叶った自分の姿を思い描く。
ただ「お願い、叶ってください」
と考えるのではありません。
できるだけ具体的に、
そのとき自分は何を見ているのか。
何を聞いているのか。
どんな匂いがするのか。
どんな感触なのか。
どんな気持ちなのか。
そこまで想像していく。
これは、魔術を知らない人からすると、
「ただの想像じゃない?」
と思うかもしれません。
でも、
私はこの「ただの想像」という部分こそ、
面白いと思っています。
想像できないものは、なかなか現実にならない
私たちは普段、
「こうなりたい」
と思っていても、
その先を具体的に考えることは意外とありません。
お金が欲しい。
幸せになりたい。
自由になりたい。
成功したい。
・・・でも、
「それって、どんな状態?」
と聞かれると、答えられなかったりします。
どんな家に住んでいる?
朝は何時に起きる?
誰と一緒にいる?
どんな仕事をしている?
休日は何をしている?
そのとき、
自分はどんな顔をしている?
こうやって具体的にしていくと、
「私が本当に欲しかったものって、これだったんだ」
と気づくことがあります。
だから私は、
魔術における
「願いを具体的にイメージする」という行為には、
自分の願いを見つめ直す意味もある
と思っています。
惑星護符は、「心のスイッチ」なのかもしれない
惑星護符を、
科学的に願いを叶えてくれる道具として考える必要はありません。
むしろ私は、
自分の意識をひとつの方向へ向けるための象徴
として見ると、とても面白いと思っています。
護符を見る。
決められた時間に儀式をする。
神話を思い出す。
音楽を聴く。
香りを使う。
目を閉じて、自分の願いを思い描く。
こうした行為を重ねることで、
「私は、何を望んでいるんだろう?」
と、自分自身に意識を向ける時間が生まれます。
忙しい毎日の中では、
自分の願いについてじっくり考える時間は、
なかなかありません。
だからこそ、
「儀式」という特別な時間をわざわざ作ること
に意味があるのではないでしょうか。
そして、魔術は「芸術」とつながっている
ここからが、私が特に伝えたいところです。
惑星護符を学ぶなら、
神話や芸術にも触れてほしい。
そう思っています。
たとえば、ギリシャ・ローマ神話。
神々がどんな性質を持っているのか。
どんな物語を生きてきたのか。
どんな象徴を持っているのか。
そういう物語を知るだけでも、
惑星に対するイメージは大きく変わります。
そして、音楽もおすすめです。
惑星をテーマにした作品として有名なのが、
ホルストの組曲《惑星》。
特に「木星」は、
一度は耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
音楽を聴きながら、
「木星って、私にとってどんな存在なんだろう?」
と考えてみる。
それだけでも、
ひとつの小さな魔術修行になると思います。
「役に立たないもの」が、心を豊かにする
現代では、
「それって何の役に立つの?」
という視点で物事を見ることが多くなりました。
仕事になるのか。
お金になるのか。
効率がいいのか。
すぐ結果が出るのか。
もちろん、それも大切です。
でも、
人間が生きていくうえで必要なのは、
それだけでしょうか。
神話を読む。
音楽を聴く。
絵を見る。
星空を眺める。
物語に心を動かされる。
一見すると、何の役にも立たない時間です。
けれど、
そういう「役に立たない時間」が、
私たちの心を豊かにしてくれることがあります。
悲しい物語を読んで、
誰かの気持ちを想像する。
美しい音楽を聴いて、
言葉にならない感情を感じる。
神話の登場人物に自分を重ねて、
「自分も少し似ているかもしれない」
と思う。
そういう経験は、数字にはなりません。
でも、確かに自分の中に残っていきます。
AIの時代だからこそ、「心」が面白い
AIが発達していることで、
情報を集めること。
文章を作ること。
計算すること。
知識を整理すること。
そういったことは、
今までよりも簡単にできるようになってきています。
だからこそ私は、
「自分は何を感じるのか」
ということが、
もっと大切になると思っています。
同じ絵を見ても、
感じることは人によって違う。
同じ音楽を聴いても、
思い出すものは違う。
同じ神話を読んでも、
心に残る場面は違う。
その「違い」の中に、
その人だけの人生や価値観があります。
そして、
それは誰かに正解を教えてもらうものではありません。
自分で感じて、自分で考えて、
少しずつ育てていくものです。
魔術は、現実から逃げるためだけのものではない
魔術というと、
「願いを叶える」
「未来を変える」
「不思議な力を使う」
というイメージがあるかもしれません。
もちろん、そういう魅力もあります。
でも私は、
魔術にはもうひとつの面があると思っています。
それは、
「世界を、もう一度豊かに見るための方法」
という面です。
夜空を見上げる。
惑星の名前を知る。
神話を読む。
音楽を聴く。
護符を描く。
自分の願いを考える。
そして、
「私は、どう生きたいんだろう?」
と問い直す。
そうやって日常の中に
少しだけ「意味」を取り戻していく。
それも、魔術の魅力なのではないでしょうか。
願いを叶える前に、自分の心を知る
惑星護符について調べていると、
「どの護符が一番強いんだろう?」
「どの惑星にお願いすればいいんだろう?」
と考えたくなるかもしれません。
でも、その前に。
あなたは、
本当は何を願っているのでしょうか?
そして、
その願いが叶ったとき、
どんな自分になっていたいのでしょうか?
そこを考えてみてほしいのです。
願いを具体的にする。
神話を読む。
音楽を聴く。
絵を見る。
星を眺める。
自分の心が何に動くのかを知る。
そういう時間を積み重ねていくと、
もしかすると、
「願いを叶えたい」
と思っていたはずなのに、
いつの間にか、
「私は、こんなふうに生きたかったんだ」
ということに気づくかもしれません。
魔術は、世界を変えるためのもの。
そう考えることもできます。
でも同時に、
自分の世界の見え方を変えるためのもの
でもあるのだと思います。
だから、もし最近、
「毎日が少し味気ないな」
「自分が何を好きだったのか分からなくなってきた」
そんなふうに感じているなら。
今日はほんの少しだけ、
神話を読んでみてもいい。
好きな音楽を聴いてみてもいい。
夜空を眺めてみてもいい。
それだけでもいいのです。
願いを叶える前に、
まず自分の心に触れてみる。
そういったことから魔術が始まると、
私は思っています。



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