「今日という日は、二度と来ない」―それでも、今日を大切にできなかったあなたへ

こんにちは。御統いつきです。

「今日という日は、二度と来ない」

そんなことは、
たぶんずっと前から知っていた。

時間は有限だとか。

会いたい人には、
会えるうちに会ったほうがいいとか。

やりたいことは、
できるうちにやったほうがいいとか。

頭では、分かっていた。

それでも私は、
「今日」を大切にできない日があった。


せっかくの休日なのに、
一日中寝込んでしまう。

あるいは、別に寝込むほど
疲れていたわけでもないが、

お菓子を食べながら
動画を見る。

少しだけのつもりで、
SNSを眺める。

気になる投稿を見つけて、
また次を見る。

そうしているうちに、
窓の外が少しずつ暗くなっていく。

時計を見て、

「もうこんな時間なんだ」

と気づく。

そして、

「今日、何してたんだろう?」

と思う。


本当は、少し出かけてもよかった。

読みたいものもあった。
やろうと思っていたこともあった。

でも、気づけば一日が終わっていた。

そんな夜に、

「疲れていたなら、休んでもいいんだよ」

という言葉を目にすることがある。

その言葉に、救われることもある。

本当に疲れている日は、
何もしないことが必要なときもあると思う。

でも、どうしても、
それだけでは消えない気持ちがあった。

「休めたんだから、それでよかった」

そう思おうとしても、
心のどこかに、
小さな後悔が残っている。

だからといって、

「また一日無駄にした」

と、

自分を責め続けたいわけでもない。

自分を責めたくない。

でも、

今日感じた後悔まで、
なかったことにはしたくない。

私はずっと、その二つの間で
立ち止まっていたのだと思う。


そんなことを考えるきっかけになったのは、

ある夏の日に聞いた、
ヒグラシの声だった。

関東のとある県にある
和菓子屋に行った帰り。

駅へ向かうバスを
待っていたときだった。

どこからか、
懐かしい声が聞こえてきた。

ヒグラシだった。

その声を聞いた瞬間、
子どもの頃に過ごした田舎の風景が、
ふっと浮かんできた。

海の匂い。
優しい波の音。

夕方の、少し涼しくなった空気。
遠くから聞こえる、蝉の声。

何をするでもなく過ごしていた、
あの頃の夏。

懐かしかった。
でも同時に、少し寂しかった。

もう、あの頃には戻れない。

あの景色も。
あの時間も。
あのときの自分も。

まったく同じ形では、
もう戻ってこない。

そして、ふと思った。

今日も、同じなんだな。


今日という日は、
明日になれば「昨日」になる。

今日会った人と、
今日交わした言葉。

今日見た空。
今日感じたこと。

それらが、まったく同じ形で
もう一度やってくることはない。

だから、

「今日を大切にしよう」

という言葉は、
たしかに正しいのだと思う。

でも、その言葉を聞くたびに、
少し苦しくなる自分もいた。

今日を大切にしなければ。
時間を無駄にしてはいけない。

せっかくの休日なのだから、
何かしなければ。

そんなふうに考え始めると、
「今日を大切にする」という言葉が、

いつの間にか、
自分を責めるための言葉に
変わってしまうことがある。

でも反対に、

「何もしなくてもいい」

だけでも、何かが違った。

本当はやりたかったことがあったのなら。

その気持ちまで、

「これでよかった」

と消してしまうのも、
少し違う気がした。

では、

「今日を大切にする」って、
本当はどういうことなんだろう?

何かができた日は、
大切にできた日なのか?

何もできなかった日は、
大切にできなかった日なのか?

休んだ日は?
流されてしまった日は?
後悔が残った日は?

それらを、
私たちはどう受け取ればいいのだろう?


私はしばらく、
このことを考えていた。

「何もしなくても、
全部そのままでいい」

でもない。

「時間は有限だから、
もっと有効に使おう」

でもない。

その二つの間に、
何か大切なものがあるような気がした。

そして考えていくうちに、

私は、

「今日を大切にする」
という言葉の中で、

ひとつ、

混ぜて考えていたものが
あることに気づいた。

それに気づいてから、

「何もできなかった今日」を、

ただ、

「無駄だった」

の一言だけで終わらせなくても
いいのかもしれないと思えた。

自分を責めることもなく。

でも、後悔を
なかったことにすることもなく。

今日という一日を、もう少し違う角度から
見られるようになった。

そのことについて、

次のnoteでは、
もう少し深く書いています。

もし、休日の終わりに、

「今日、何してたんだろう?」

と思ったことがあるなら。

そして、

「休んでもいいよ」

という優しい言葉だけでは、
なぜか消えない後悔を知っているのなら。

この問いの続きを、
そっと読んでもらえたら嬉しいです。

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