「感謝すればお金が来る」に傷ついた

こんにちは。御統いつきです。

「もっと感謝すれば、豊かになれますよ」

もし、あなたがお金に困っているときに、
そんなことを言われたら。

どう感じるでしょうか?

「そうか、私も感謝が足りなかったのかな」

と素直に受け取れる人もいるかもしれません。

でも、もしそのとき、

家賃の支払いに困っていて。
仕事もうまくいかなくて。

何をやっても空回りして。
もうどうしたらいいのかわからなくて。

それでも必死に生きていたとしたら。

その言葉は、励ましではなく、

「あなたが苦しいのは、
あなたの心の持ち方が悪いから」

と言われているように聞こえるかもしれません。

少なくとも、当時の私はそう感じました。

私は、現実を変えたかった

今から8年ほど前。

私は、お金と仕事のことでかなり苦しんでいました。

頑張っても結果が出ない。
努力しても空回りする。
現実的にできることもやってみた。

それでも、
なかなか状況は良くならない。

「このまま、
ずっとこの生活が続くのだろうか」

そんな不安を抱えていました。

だから私は、
スピリチュアルに可能性を求めました。

自分では気づいていない原因があるのかもしれない。

お金に対するブロックがあるのかもしれない。

何かを解放すれば、現実が変わるのかもしれない。

そんな期待を持って、
あるヒーリングセッションを受けに行きました。

私は別に、

「魔法で一瞬ですべてを解決してほしい」

と思っていたわけではありません。

ただ、

今の苦しさから抜け出すための糸口が欲しかった。

それだけでした。

ところが、私は「感謝」を求められた

セッションの中で、
私はそれまで溜め込んでいた感情を吐き出しました。

怒り。
悔しさ。
不安。

「どうしてこんなに頑張っているのに、
うまくいかないんだろう」

そんな気持ちです。

そして、そのときに言われた言葉が、

「あなた、今怒りしかないでしょ?
感謝しないとお金は来ないよ」

でした。

今でも覚えています。

その言葉を聞いた瞬間、「は?」と思いました。

こっちは困っている。
こっちは必死に悩んでいる。

その苦しさをようやく吐き出したのに、
「感謝しないとお金は来ない」と言われる。

当時の私は、

「じゃあ、私は感謝できない人間だから、
お金に困っているの?」

と感じました。

もちろん、
相手に悪意があったとは思っていません。

その人なりに、
私を良くしようとしてくれたのかもしれない。

でも、

正しいかどうかとは別に、
傷つく言葉というものはあります。

そして私は、
そのセッションを終えたあと、

癒されたというより、
とてつもなくモヤモヤしていました。

「癒し」って、なんなんだろう

この出来事をきっかけに、
私は考えるようになりました。

そもそも、
「癒し」って、なんなんだろう。

気持ちが軽くなること?
前向きになること?
心が穏やかになること?

もちろん、それも大切です。

でも。

家賃が払えない。
仕事がない。

借金がある。
生活が苦しい。

そんな人に、

「考え方を変えましょう」
「感謝しましょう」
「執着を手放しましょう」

と言うだけで、
本当にその人は救われるのでしょうか?

心が苦しいのに、
「もっと前向きになろう」と言われても難しい。

お金に困っているのに、
「お金への執着を手放しましょう」と言われても、
明日の生活は変わりません。

苦しんでいる人に、
「感謝が足りないんじゃない?」と言ってしまえば、

その人は苦しみに加えて、

「苦しんでいる自分が悪い」

とまで思ってしまうかもしれません。

もちろん、
心のあり方が現実に影響することはあると思います。

でも、

心だけを見て、現実を見ない。

私はそこに違和感を覚えるようになりました。

人間は、心だけで生きていない

私たちは、精神だけの存在ではありません。

お腹が空けば食べる。
喉が渇けば水を飲む。

眠ければ眠る。
寒ければ暖かい場所を探す。

そして、

お金がなければ不安になります。

安心して眠れる家が欲しい。
安定した収入が欲しい。

好きな仕事がしたい。
自由な時間が欲しい。

愛する人と一緒にいたい。

それは、
「欲深いこと」なのでしょうか?

私は、そうは思いません。

生きていくために必要なものを求めることは、
自然なことです。

だから、

「もっとお金が欲しい」と思ってもいい。
「豊かになりたい」と思ってもいい。

「幸せになりたい」と思ってもいい。
「今の環境から抜け出したい」と思ってもいい。

願いを持つこと自体を、悪いことにしなくていい。

もちろん、誰かを傷つけたり、
奪ったりしていいという意味ではありません。

最低限のモラルは必要です。

でも、

誰も傷つけない範囲で、
自分の人生を良くしたいと願うことまで否定する必要はない。

私は、そう考えるようになりました。

「欲望」の中には、本音が隠れている

そして、もう一つ気づいたことがあります。

私たちが「欲しい」と思うものの奥には、
もっと深い願いが隠れていることがあります。

「お金が欲しい」

その奥には、

「安心して暮らしたい」

という気持ちがあるかもしれません。

「恋人が欲しい」

その奥には、

「愛されたい」

「誰かと心を通わせたい」

という気持ちがあるかもしれません。

「成功したい」

その奥には、

「自分の人生を、自分で選びたい」

という思いがあるかもしれません。

だから私は、願いを消すことよりも、

「私は、なぜこれが欲しいんだろう?」

と聞いてみることのほうが
大切なのではないかと思っています。

願いは、自分を苦しめる敵ではありません。

ときには、

「本当は、こんな人生を生きたい」

という、自分自身からのメッセージなのです。

だから私は、魔術を学び始めた

この経験をきっかけに、
私は魔術を本格的に学び始めました。

そこで興味を持ったのが、

「願いを持つことそのものを否定しない」

という考え方でした。

もちろん、
「願えば何でも叶う」という単純な話ではありません。

他人には他人の意思があります。
環境や偶然もあります。
自分の努力が必要なこともあります。

だからこそ、

願うことと、現実を見ること。

この二つを切り離さないことが大切なのだと思います。

願う

自分が本当に望んでいるものを知る

現実(現状)を見る

できることをする

必要なら方法を変える

私は、そんな生き方に惹かれました。

スピリチュアルを、

「現実から逃げるためのもの」ではなく、
「自分の人生を、自分の意志で生きるための支え」

として捉えたかったのです。

「叶えてもらう」だけが、スピリチュアルではない

私は今、

「宇宙にお願いすれば、あとは全部やってもらえる」

という考え方には、
あまり魅力を感じません。

祈る。
願う。
意図する。

そして、自分も動く。

そのうえで、
自分ではコントロールできない部分は手放していく。

私にとっての「委ねる」は、
何もしないことではありません。

自分にできることをしたうえで、
結果のすべてを支配しようとしないこと。

それが「委ねる」ということなのだと思っています。

目に見えない世界から、

何かヒントをもらうことがあるかもしれない。

思いがけない出会いがあるかもしれない。

今まで見えていなかった選択肢に
気づくこともあるかもしれない。

でも、

最後にその道を歩くのは、自分自身です。

「願いが叶うこと」も、癒しなのではないか

私は今、

「願いが叶うこと」も、
大きな癒しの一つだと思っています。

長年悩んでいた問題が解決する。
生活が安定する。

借金の不安から解放される。
嫌な環境から離れられる。

好きな仕事ができるようになる。
安心できる場所ができる。

愛する人と笑える。

そんな現実が訪れたとき、

人は言葉ではなく、
「もう大丈夫」という体験そのものによって癒される

ことがあります。

もちろん、心を整えることも大切です。

休むことも大切です。

誰かに話を聞いてもらうことも大切です。

でも、

現実の問題が解決することだって、
立派な癒しなのです。

だから私は、
「癒されたい」と「現実を変えたい」は、
本当は別々のものではないのではないかと思っています。

あなたの願いを、あなたが否定しなくていい

もし今、

「こんなことを望んではいけない」
と思っている願いがあるなら。

一度だけ、自分に聞いてみてください。

「本当は、どうなりたい?」

もっとお金が欲しい。
幸せになりたい。

愛されたい。
自由になりたい。

今の仕事を辞めたい。
今の環境から抜け出したい。

誰かに認められたい。

それでもいいと思います。

綺麗な願いじゃなくてもいい。
人に言えないような願いでもいい。

まずは、

自分だけでも、その願いを否定しないこと。

そこから始めてもいいのではないでしょうか。

願いは、あなたの弱さではない。

もしかすると、

「私は、まだ自分の人生を諦めていない」

という証拠なのかもしれません。

あの頃の私は、
ただ慰められたかったわけではありませんでした。

現実を変えたかった。
もっと自由になりたかった。
安心して生きたかった。

そして、

自分の人生を自分の手に取り戻したかった。

だから私は、

あのとき感じた違和感をきっかけに、
「願ってもいい」ということを学びました。

心も大切。現実も大切。
精神世界も大切。物質世界も大切。

どちらか一方を捨てなくていい。

自分の本音を聞いて、
自分の意志を持って、
自分の人生を選んでいけばいい。

そして、

願いを叶えていくこともまた、
自分を救う方法の一つなのだと思います。

あなたにも、もし願いがあるのなら。

まずは、その願いにこう聞いてみてください。

「あなたは、本当は何を私に伝えたいの?」

その答えの中に、

あなたがこれから生きたい人生の、
小さな入口があるかもしれません。

まとめ

あのとき私は、

「感謝しないと、お金は来ないよ」

という言葉に、深く傷つきました。

苦しくて、
どうにか現実を変えたくて助けを求めているのに、

「感謝できない自分が悪いのかな」
「この苦しさも、自分が引き寄せたものなのかな」

と、さらに自分を責めることになったからです。

でも、時間が経ってから思うようになりました。

もしかすると、

私が違和感を抱いたのは、
「感謝」という言葉そのものではなかったのかもしれない。

本当に欲しかったのは、
苦しさをなかったことにするための言葉ではなく、

「あなたが苦しいと思っていることも、
ちゃんと大切にしていい」

と言ってもらうことだったのだと思います。

そしてそこから私は、

「癒しって何だろう」
「願いを叶えるって、どういうことなんだろう」
「スピリチュアルは、本当に人を救えるのだろうか」

そんなことを、
ずっと考えるようになりました。

その先で、私なりに見つけた答えがあります。

もし、あのときの私と同じように、

「綺麗な言葉では救われなかった」
「願いを持つことまで否定されたくない」

と感じたことがあるなら。

よかったら、こちらも読んでみてください。

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