
こんにちは。御統いつきです。
私はオカルト研究家、そして術師として、
魔術の研究や実践をしています。
それに伴って、
魔術の歴史や文化について調べたり、
実際にいろいろなことを試したりもしています。
……とはいえ。
リアルの生活では、
自分が術師であることを積極的に話してはいません。
なので、普段の私を知っている人の中で、
私が術師だと知っている人はごく一部です。
それでも、何かのきっかけで
術師であることを知った人から、
「運気を上げる方法を教えてほしい」
「厄を落とす方法ってある?」
「今年のテーマを占ってほしい」
などと相談を受けることがあります。
そういう時は、
私がこれまで学んできたことや、
実際に試してきたことをもとに、
お話しすることもあります。
そんな中で、
以前ちょっと面白い出来事がありました。
「術師って、かっこいい~!」
以前、私がお世話になっていたAさんに、
とある事情があって
自分が術師であることを話すことになりました。
するとAさんは、少し驚いたあと、
「術師って、かっこいい~!」
と言ったのです。
・・・私は、思わず、
「え?」
となりました(笑)
というのも、
私自身は魔術や術師のことを、
そんなに「かっこいいもの」だと思っていないからです。
むしろ、
かなり地味です。
そこで私は聞いてみました。
「術師ってけっこう地味ですけど(笑)
それでもかっこいいんですか?」
するとAさんは、目をキラキラさせながら、
「だって、かっこいいじゃないですか~!」
と。
その顔を見て、
「ああ、この人は本当にそう思っているんだな」
と、なんだか微笑ましくなりました。
私たちが想像する「魔法」は、だいたい派手
たしかに、マンガやアニメ、
ゲームの中の魔法使いはかっこいいですよね。
呪文を唱えると炎が出たり。
空を飛んだり。
光を放ったり。
一瞬で敵を倒したり。
修行を積むと新しい魔法が使えるようになったり。
そういう世界を見ていると、
「こんな世界だったらいいのにな」
と思うことがあります。
私も普通に思います(笑)
でも、現実の魔術は、
そういうものとは少し違います。
現実の魔術は、思っているよりずっと地味
現実の魔術にも、
さまざまな体系や考え方、歴史があります。
たとえば、
四大元素やカバラなどの知識を学んだり、
術式や象徴について理解したり。
ただ呪文を知っていればいい、
というものでもありません。
そして、魔術では道具を使うことも多くあります。
必要なものを事前に準備して、
自身と場所を整えて、
手順を確認して、
決められたことを行っていく。
場合によっては、
「これ、けっこう準備が大変だな・・・」
と思うこともあります(笑)
マンガの魔法使いなら、
「我が力よ、解き放て!」で終わるところを、
現実ではその前に色々と準備があるわけです。
しかも、
「今すぐ100万円ください!」と願ったからといって、
空から100万円が降ってくるわけでもありません。
残念ながら(笑)
現実の魔術は、
もっと現実に沿った形で結果が現れることが多いのです。
魔術には「代用」という考え方もある
魔術では、儀式によって
特定の道具が指定されていることがあります。
けれど、現実に生きていると、
「そんなもの、どこで手に入れるの?」
ということもあります。
香炉がなければ、
条件の近い器で代用する。
指定された素材が手に入らなければ、
似た性質を持つものを使う。
そうやって、
状況に合わせて工夫する場合もあります。
もちろん、
指定されているものを使うべき場合もありますし、
流派や術者によって考え方も違います。
だから「何でも代用すればいい」
という単純な話ではありません。
それでも、
「今あるもので、どうすればできるだろう?」
と考えることがあります。
私は、この感覚がけっこう好きです。
完璧な道具がないから、何もできない。
ではなく、
「できる範囲で、どうやって一歩にするか」
を考える。
0を1にする。
それだけでも、大きな違いがあります。
魔術は、面倒くさい
ここまで読んで、
「なんだか魔術って、
思っていたより面倒くさいな」
と思った方もいるかもしれません。
はい。私もそう思います(笑)
決まり事があったり。
道具を準備したり。
知識を勉強したり。
何度も実践してみたり。
それでも、
思っていたような結果が出ないこともある。
映画やゲームのように、
「魔法を使ったら全部解決!」
とはいきません。
でも。
私は、だからこそ魔術が好きなのです。
「意味のないもの」に、意味を見つける
たとえば、
キャンドルに火を灯す。
香りを焚く。
特定の言葉を唱える。
季節の変化を感じる。
願いを書き出す。
不要になったものを手放す。
こういうことだけを切り取ってみれば、
魔術を知らない人からすると、
「それで何になるの?」
と思うかもしれません。
でも、私たちの日常だって、
本当は似たようなものではないでしょうか。
誕生日にケーキを食べる。
お正月に初詣へ行く。
お守りを持つ。
大切な人からもらったものを、ずっと大事にする。
亡くなった人の写真に手を合わせる。
どれも、物理的な意味だけを考えれば
説明しきれないものです。
それでも私たちは、そこに意味を感じる。
なぜなら人間は、
「物そのもの」だけではなく、
「そこに込めた意味」も一緒に生きているから。
私は、魔術にもそういうところがあると思っています。
大人になると、「ワクワク」を忘れてしまう
子どもの頃は、世界がもっと不思議でした。
夜空を見上げて、
「星の向こうには何があるんだろう」
と思ったり。
知らない森を見ると、
「この奥に何かいるんじゃないか」
と想像したり。
石や植物を拾って、
「これは特別なものかもしれない」
と大切にしたり。
でも、大人になるにつれて、
「そんなものはないよ」
「現実を見なさい」
と言われることが増えていきます。
もちろん、現実を見ることは大切です。
生活するためには、お金も必要だし、
仕事もしなければいけない。
人間関係だってあります。
毎日は、そんなにファンタジックではありません。
だからこそ。
私は思うのです。
現実を生きながら、
少しくらい魔法を感じてもいいんじゃないか。
Aさんの「かっこいい~!」が教えてくれたこと
Aさんは私よりもかなり年上の方です。
魔術の専門家でもありません。
それでも、私が術師だと知った時、
「かっこいい~!」と目を輝かせました。
たぶんAさんにとって、
「術師」という言葉の中に、
何かワクワクするものがあったのでしょう。
未知のもの。
不思議なもの。
自分の知らない世界。
もしかしたら、子どもの頃に感じていたような、
「世界には、自分の知らない何かがあるかもしれない」
という感覚。
私は、その気持ちって素敵だと思います。
魔術は、人生を劇的に変えるものではないかもしれない
魔術を使ったからといって、
すぐに人生が映画のように変わるわけではありません。
願っただけで、何もせずに
理想の人生が手に入るわけでもありません。
結局、自分で動かなければならないことも
たくさんあります。
だから私は、
「魔術があれば全部大丈夫」とは思っていません。
むしろ、
自分で生きるために、魔術というものを使う。
そんな感覚に近いです。
願いを言葉にする。
自分の気持ちを整理する。
決意を形にする。
何かを手放す。
新しい一歩を踏み出す。
そうやって、自分の人生に小さな意味を与えていく。
その過程そのものに、
魔術の面白さがあるのだと思います。
「魔法なんてない」と言われても
もしかすると、
「魔法なんて現実にはない」
と思う人もいるでしょう。
それも、ひとつの考え方です。
無理に信じる必要なんてありません。
でも、
お気に入りの香りを焚いたら、
少し気分が落ち着いた。
月を眺めていたら、
なんとなく心が軽くなった。
願いを書き出したら、
自分が本当に欲しかったものが見えてきた。
古いものを捨てたら、
新しいことを始めたくなった。
そういう小さな変化まで、
「気のせいだから意味がない」
と切り捨てなくてもいいのではないでしょうか。
人間の人生には、
数字では測れないものがたくさんあります。
魔術の「魔」は、日常の中にもある
私にとって魔術は、
「現実から逃げるためのもの」
ではありません。
むしろ、
現実をもう少し深く味わうためのもの
なのだと思っています。
いつもの一日。
いつもの部屋。
いつもの仕事。
いつもの道。
そんな変わらない毎日の中に、
「今日は少し特別かもしれない」
と思える瞬間をつくる。
キャンドルを一本灯すだけでもいい。
季節の花を飾るだけでもいい。
夜空を眺めるだけでもいい。
願いを紙に書いてみるだけでもいい。
そういう小さな行為が、
自分の人生に色をつけてくれることがあります。
Aさんが、
「術師って、かっこいい~!」
と言ってくれた時。
私は最初、
「いやいや、術師は
そんなにかっこいいものじゃないですよ(笑)」
と思いました。
でも、今は少し違います。
もしかしたらAさんが見ていたのは、
私という術師ではなく、
「世界にはまだ、ワクワクできるものがある」
という可能性だったのかもしれません。
現実は、たしかに地味です。
毎日は、思っているよりずっと普通です。
それでも。
その普通の毎日の中に、
自分だけの「魔法」を見つけることはできる。
私は、そんな生き方がけっこう好きです。
大人になったからこそ、
もう一度、世界を少し不思議に見てみる。
そのくらいの余白は、
人生にあってもいいのではないでしょうか?



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